大判例

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福岡高等裁判所 平成元年(ネ)306号 判決

控訴人

国内信販株式会社

右代表者代表取締役

塚 本 英 志

右訴訟代理人弁護士

阿 部 利 雄

被控訴人

宮 崎 髙 利

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における予備的請求を棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、金五三一万五五一円及びこれに対する昭和五九年二月一二日から支払ずみまで年二九.二パーセントの割合による金員を支払え。当審における予備的請求として、被控訴人は、控訴人に対し、金四九0万四八一四円及びこれに対する昭和五九年二月一二日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

二  当事者双方の主張の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示中控訴人と被控訴人に関する部分記載のとおりであり、証拠関係は、原審記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

1  原判決二枚目裏五行目の「である。」の次に改行のうえ、次のとおり加える。

「5 仮に本件立替払契約が効力を生じないとすれば、被控訴人は、有限会社平山家具(以下「平山家具」という。)の代表者である平山庄一らから本件立替払契約の申込人として名義貸しを依頼され、平山家具との間に前記内装工事の請負契約が存在しないことを知りながら、これが実在するように装い、昭和五三年一二月二九日控訴人に本件立替払契約を締結させ、その結果、昭和五四年一月一三日控訴人から平山庄一に対し立替金払の名目で金八九0万四000円を支払わせたものである。被控訴人は、平山庄一の右詐欺行為を幇助した不法行為者として右金八九0万四000円の内既払金三九九万九一八六円を控除した金四九0万四八一四円を支払うべき責任がある。」

2  同二枚目裏八行目の「求める。」の次に「また、控訴人は被控訴人に対し、予備的に、損害賠償金四九0万四八一四円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五九年二月一二日から支払ずみまで民事法定利率年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。」を加える。

3  同三枚目裏三行目の「争う。」の次に「被控訴人は、平山庄一から依頼され、本件立替払契約について申込人としての名義貸しを承諾し、前記内容の本件立替払契約を控訴人と締結したものである。被控訴人は、右のように名義貸しを承諾した以上、本件立替払契約の当事者としてその法律効果が帰属すべきものであって、仮に控訴人の担当職員において、被控訴人が平山家具に対して前記内装工事の請負代金債務を負担していないことを知りながら、平山庄一に対し、被控訴人に本件立替払契約の名義人になってもらうよう示唆し、名義貸しによる立替払契約の申込みを容認していたとしても、本件立替払契約の効力に何らの影響を及ぼすものではない。」を加える。

理由

一主位的請求について

1  被控訴人が形式上当事者となって控訴人との間に、請求原因第1項記載のとおりの本件立替払契約が締結されたことは、当事者間に争いがない。

2  被控訴人は、本件立替払契約における真実の当事者は井川艶子であり、被控訴人は単に契約申込人としての名義の使用を許諾したものにすぎず、右契約における被控訴人の意思表示は真意に基づいてなされたものではなく、控訴人の契約担当者である小川、西平もこれらの事実を了知していたものであるから、本件立替払契約における被控訴人の意思表示は民法九三条但書の規定により無効である旨を主張するので、以下検討する。

(一)  本件立替払契約の締結に至る経緯等については、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 井川艶子は、被控訴人が昭和五三年六月ころ新築したビルの一室を賃借して割烹料理店の営業を始めることとし、同年夏ころ、平山家具との間で右店舗の内装工事について代金一五00万円とする請負契約を締結し、平山家具は右契約に基づき同年一0月末ころ右内装工事を完成させ、右請負代金の内金一五0万円は井川から支払を受けた。請負残代金の支払については、井川が平山家具を通じて控訴人に立替払を依頼する予定であった。

(2) 平山家具は、当時控訴人との間で信用販売加盟店契約を締結しており、平山家具が顧客に品物を販売したり、顧客から工事を受注した場合には、その商品代金、請負代金を控訴人から立替払を受けることができるようになっていた。控訴人が顧客と立替払契約を締結するにあたっては、まず顧客からの立替払の申込みに基づき、控訴人の方で当該顧客について支払能力の有無その他立替払実行の条件を満たしているか否かを調査したうえ、社内の決済を経る必要があり、これによってはじめて右契約を締結することができるものとされており、また、顧客からの立替払の申込みは、平山家具において、予め控訴人から交付を受けていた定型の契約書に、顧客の承諾を得て必要な事項を記載し、これを控訴人の営業所に持参することによって行われていた。

(3) 前記のように井川は控訴人の立替払を利用して平山家具に前記請負残代金を支払う予定にしていたので、内装工事が始まる前にも、井川と平山家具の代表者平山庄一が控訴人の福江営業所に赴き、同営業所の小川所長代理、担当職員の西平隆詞郎にその旨の依頼をし、また、右内装工事が完成した直後には、平山庄一が井川のために立替払の申込書を作成し、井川と平山が福江営業所にこれを持参して、控訴人に対し右立替払を申し込んだ。

(4) 控訴人は、福江営業所の小川、西平らによる調査、検討の結果、井川の信用が十分でないとして同人の申込みにかかる立替払契約の締結を拒否し、その旨を井川、平山に伝えた。平山は、このため前記残代金の支払を受けることができなくなり、小川に相談したところ、小川は、井川が立替払の対象となる前記内装工事の施工主であることを知りながら、被控訴人には資力があるから同人が名義人となれば立替払契約を締結してもよいなどの旨を平山に教示した。

そこで、そのころ、井川、平山らが、ときには小川、西平も同道のうえ、数度にわたり被控訴人を訪れ、井川の控訴人に対する立替払の申込みが拒否されたので、被控訴人所有の前記ビルを担保として提供してほしいなどの旨を被控訴人に依頼した。被控訴人が右依頼を断ると、井川らは、井川とかねてから親交があって同人のために別に保証人になったことがあり、本件立替払契約においても連帯保証人となることを承諾していた原審相被告向原正雄とともに被控訴人を訪れ、同人に対し、立替金の返済は井川が行い、向原が担保を提供するので、立替払契約の申込人として名義だけを使用させてほしい旨を依頼した。

(5) 被控訴人は、当初井川らの右依頼を峻拒したものの、その後向原の知人で、被控訴人が仕事上世話になったことがある今村甚吉からの依頼があったため、断り切れずに最後にはこれを承諾し、そのころ、前記内装工事の残代金の内金八九0万四000円について控訴人に立替払を委託するなどの本件立替払契約を内容とする定型のKC中期ローン契約書(甲第一号証)の申込人欄に自分の名前を署名させ、名下に自分の実印を押捺させて右契約書を作成し、控訴人福江営業所の担当職員に交付させた。そして、控訴人は、そのころ、右立替払として金八九0万四000円を平山家具に支払った。

なお、控訴人の福江営業所長代理小川は、本件立替払契約の締結事務を担当したものであるが、右のような経過から、前記内装工事の施工主は井川であり、右工事代金の支払にかかる本件立替払契約については被控訴人が名義上当事者となるが、控訴人に対する右立替金の分割払は井川が行うことを知っていた。

(6) 本件立替払契約の締結後、井川は、被控訴人名義の銀行預金口座を利用して昭和五四年二月以降前記立替金の分割払を続けていたが、昭和五六年九月以降はその支払を著しく遅滞し、昭和五七年一一月初めころ、前記料理店の営業を放棄して行方をくらませ、遂に右支払もなされなくなった。

井川が所在不明となったため、被控訴人は、昭和五八年六月ころ、右分割払を引き継ぐことを条件に、右料理店を菊谷某に賃貸し、菊谷が同年六月三0日控訴人に金一0万円を支払ったが、菊谷も一か月で右料理店の営業を止めた。その後、被控訴人の妻宮崎ミドリは、右料理店の従業員の生活を確保するために、同店の営業を引き継いで行い、昭和五八年八月から昭和五九年六月までの間六回にわたり各金一0万円を控訴人に支払ったが、宮崎ミドリも間もなく右営業を止めた。

なお、被控訴人は、右のように井川がその支払を著しく遅滞しているのに、控訴人からそのころその支払を請求されたことはなかった。

以上の事実が認められる。

右認定に対し、原審証人西平隆詞郎は、本件立替払契約の申込人が当初の井川から被控訴人に代わった理由につき、小川、西平は、平山から店舗内装工事の施工主が井川から被控訴人に代わったためであるという説明を受けてこれに納得し、被控訴人の申込みが名義貸しによるものであることについては了知していなかった旨を証言するが、右は、それ自体不自然な点があるばかりでなく、原審証人平山庄一の証言に照らしても、にわかに信用することができないし、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右認定によれば、本件立替払契約の基礎となった控訴人の加盟店である平山家具との店舗内装工事請負契約における注文者であり、右請負代金支払債務の債務者であったのは井川であって、被控訴人は右注文者でないのは勿論、井川の右債務を引き受けたものでもないのであるから、被控訴人が控訴人に対して平山家具に対する右請負代金支払債務の立替払を委託することの内容の本件立替払契約は、実在しない架空の債務の立替払を目的とするものであることが明らかである。

ところが、右のような本件立替払契約の効力を判断するにあたって、その立替払の前提となる債務の成否、態様をどの程度考慮すべきかは一の問題ではあるが、自ら負担しない請負代金支払債務についてなされた立替払契約において自己の名義使用を許諾した名義貸与者は、仮に右立替金の爾後の返済は他の者の責任においてなされ、自らはその支払をする必要がないと考えていたとしても、右の点は単に立替払契約を締結するに至る一つの動機にすぎないものであり、立替払契約を締結する意思そのものがあったことについてはこれを否定することはできないものといわざるを得ない。したがって、右認定の本件の場合にも、被控訴人において本件立替払契約を締結する意思があったものというべきであるから、意思の欠缺に関する民法九三条を本件にそのまま適用することができないというほかはない。

(三)  しかしながら、本件立替払契約のようなその本来の目的を全く逸脱した立替払契約が、名義貸与者の協力のもとに信販会社の加盟店等によって金融を得るなどの目的で不正利用される事例は当裁判所のときに経験するところである。このような不正利用は、一方では、様々な事情から立替金の返済については決して迷惑をかけないなどの加盟店等の甘言を信じ、自らは右返済についての責任を負担しなくてもよいと考えて、安易に立替払契約上自己の名義の使用を許諾する者が少なくないことに主な原因があるが、他方、信販会社としても、信用状態の様々な多数の加盟店を擁し、これらを通じて広汎かつ簡易な与信取引を展開して営業活動を行っているのであるから、その過程において、立替払契約の勧誘、締結の実務上本件のような不正利用の発生することの危険性は常に存在するわけであり、それ故に、これを踏まえて加盟店、顧客に対する信用調査等を厳に行うべきことが要請されているとはいうものの、現実には必ずしもそれが十分に行われているとはいえない場合もあり、ときには信販会社の担当職員の故意、過失等により右要請を無視した運用がなされることがないではない点にも、その原因の一半があるということができよう。そして、このように、立替払契約が加盟店、名義貸与者等によりその本来の目的を逸脱して不正利用された場合には、その行為の内容、態様等に従って当該加盟店、名義貸与者等がそれぞれ法律上の責任を負うに至ることがあることは当然であるとしても、右不正利用の発生について信販会社にもその原因の全部又は一部がある場合には、信販会社自身立替払契約の本来の目的を逸脱した利用に関与していることになるから、公平の観点から当該信販会社もその責任の全部又は一部を負担すべきであると解するのが相当である。この理は、立替払契約において契約当事者としての名義使用を許諾した名義貸与者が、右契約上の債務を負担する場合にも妥当するものであって、この場合、信販会社の右契約の勧誘、締結の態様如何によっては、例外的に名義貸与者が契約上の債務を免れることもあり得ると解すべきである。そして、信販会社において立替払契約を締結するにあたりその当事者が右のような名義貸与者である事実を知り、あるいは知り得べきであった場合には、信販会社を当該立替払契約上保護すべき根拠は失われているのであって、名義貸与者にその契約上の債務を負担させることは著しく公正を欠くものであるというべきであるから、民法九三条但書の規定を類推して、右立替払契約はその限りで効力を生じないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前認定のように、控訴人において本件立替払契約の締結事務を担当した福江営業所長代理小川は、井川からの前記内装工事請負残代金についての立替払契約の申込みを信用がないことを理由に一旦拒否しながら、井川に対する右残代金を回収できなくなった平山から相談を受けるや、被控訴人と平山家具との間に何ら請負契約が存在せず、被控訴人において右残代金支払債務を負担すべき理由が何ら存在しないことを知悉していたにもかかわらず、平山に対し、被控訴人を立替払契約の申込名義人にすれば立替払が実行できる旨を教示し、被控訴人の名義貸しによる本件立替払契約の申込み、締結を慫慂したものであるから、控訴人は、被控訴人の名義貸しの事実を知りながら、自ら立替払契約の本来の目的に反して本件立替払契約を締結したものというべきであり、本件立替払契約は、民法九三条但書の規定を類推して、控訴人と被控訴人との間においてその効力を生じないものといわなければならない。

(四)  そうすると、控訴人は、名義貸与者である被控訴人に対して本件立替払契約に基づく債務の履行を請求することはできないから、控訴人の被控訴人に対する主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

二予備的請求について

前認定のように、本件立替払契約が締結されたのは、被控訴人が、平山家具との間に前記内装工事の請負契約が存在しなかったにもかかわらず、平山らから依頼された本件立替払契約において契約当事者として名義貸しすることを承諾したことによるものであるが、他方、控訴人において右契約の締結事務を担当した福江営業所長代理小川は、当時右の事情を知悉していたのみならず、平山に対し本件立替払契約の締結を慫慂したうえ、平山家具に対し立替払をしたというものであるから、右の本件事情の下においては、被控訴人の右名義貸しは、控訴人主張のような不法行為に当たるとはいい難いし、ほかに控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。

したがって、控訴人の被控訴人に対する予備的請求も、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

三よって、控訴人の主位的請求を失当として棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がなく、また、当審における控訴人の予備的請求も失当であるから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松田延雄 裁判官田中貞和 裁判官升田 純)

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